母になることを考えなかったのか

自分が婚活をしてみて結婚は難しいかもしれないってなったときに、せめて母になれないだろうかということは、もちろん考えました。結論、母になることは諦めました。

私の父は家事育児を全くする人ではなくて、むしろ手のかかる人です。”肥後もっこす”という言葉がありますが、それと言っていいのか…気難しく、プライドが高い。気に入らないことがあればキレるというとても扱いにくい人です。父が立ち上げた小さな会社を父自身が運営することも難しく、何をするにも母の手伝いが必要でした。私と兄の子育ては全て母がしたと言っても過言ではないと思います。さらに両親の介護もありましたが、母は全てのことを一人でやり抜きました。私はそれを見て育ったからか、子育てのこと、家のこと、パートナーに頼ること前提で考えてはいけない、勝手に期待して期待と違った時に勝手にがっかりしてはいけないと思いました。元々、自分一人で子育てをやる気持ちでいたら、たとえ非協力的なパートナーでも子供を育てられるのではないか。そもそも協力してくれるパートナーを探せばいいのだろうけど、父も結婚前までは優しかったそうです。結婚って実際にしてみないとどんなパートナーかはわからない。そもそも婚期が遅れてくると、相手に高望みもできません。

以前の職場が障がいのある生徒さんの学校で、さまざまな保護者がいらっしゃいました。夫婦で一致団結して子育てされている保護者もいらっしゃいましたが、父親の協力を得られていないお母さん、シングルマザーの保護者も中にはいらっしゃいました。私も高齢になってくると障がいのある子を出産する可能性は高まります。例えばシングルマザーで子どもを持つ選択をしたとして、その子に障害があったときに一人で育てる覚悟があるか?と問いかけた時に自分には難しいんじゃないかと思いました。そもそも学校という職場でシングルマザーという選択は許されないだろうと個人的には感じていました。最終的に自分個人のことを考えてシングルマザーの選択をしませんでした。

前の職場では既婚女性が多いですが独身の方も一定数いました。同僚の幼い子どもが病気になった時、仕事のカバーするのは独身女性になるパターンになるので、独身女性のプライベートは蔑ろにされていいのかと議論になったことがあります。もちろん、独身女性が犠牲になって当たり前という考えではいけませんが、今思えば社会で子どもを育てる意味では独身女性が仕事をカバーすることで良かったのかなと思います。当時は既婚、独身の両方の言い分があることは十分に分かっていましたので、「独身がカバーしていこう!」と明言することはできませんでしたが…

今現在私ができることは何か…私に関わる子ども、姪や甥が元気に社会に出ていくために手助けすることかなと思って関わっているところです。

桜の蕾がずいぶん開いてきました。

今日はたんぽぽを見つけました。

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